だまって読め
だま読めコーナー

***  佐藤真人氏による近未来小説  ***
第一編

2002年12月

「横の会三国志あるいはガッコ大戦争始末」

 横の会最大の危機はいかにして起こり、えり子はいかにして平和を回復したか。これは、将来編纂されるであろう膨大な「横の会史」資料編の、貴重な1章を飾る事件の記録なのです。

 西暦2045年、都内のとあるパーティ会場。爺さん婆さんたちの遺志を継ぐべく(はて、何の遺志だ?)、第二次横の会結成に立ち上がった孫、曾孫たちの前で、招待された大内老人(94歳)が思い出を語る。
「あれは、俺がなだ漬け術を発明して、大内流宗家として土崎の皆さ伝授したのが発端だったんだな。もうあの頃のごと、覚えでる奴も少ねぐなってしまったなぁ。眞人もぼげてしまって、一日中、歌っこばっかり歌ってるってゆうしなぁ。」かつて3オクターブの音域を誇ったその声も今ではかすれ縺れて、実は何を言っているのか出席者たちにはサッパリ理解できなかったのだが、遠くを見つめる大内老人の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

大内流なだ漬けを手にした土崎派は、これを機に一挙に横の会を壟断せんと、横暴の限りをつくした。嫌がる相手に無理やりなだ漬けを食わせる。「なだ漬け食わねば横の会でね」と脅迫する。果ては「おかずもご飯もいらねぇ。3食、ぜんぶ、なだ漬けだげ食ってれば生きていげる」という無茶くちゃな原理主義者も出現した。ゴッドファーザー雅樹を擁する土崎派だけに、その勢いと専横はいよいよ強まってゆく。
 奢る平家は許すまじ。東、南、山王の三派は提携して、「イブリガッコ連合」を名乗って対抗しようとするが、結束の固い土崎派に対し、寄せ集めの三派連合は内紛が絶えない。眞人なぞは「俺は茄子ガッコのほうが好きだ」と公然と分派活動をしてしまう。首領選出にあたっても甲論、乙論やかましいかぎり。「幹事横暴をゆるすな」位はまだ良いが、「世代交代論」を叫ぶ者に至っては、筆者は声を失う。横の会に交代すべき世代の差があるというのか。結局、日本ラグビー界に隠然たる力をもつ好史に対し、衛星放送網を手にした泰之が名乗りを上げるが、最終決戦投票の結果、僅かに票をのばした好史が首領の地位を獲得する。泰之の敗因は、関東大会に欠席したことに遠くその源を発しているが、潔く、新首領に協力することを誓ったのであった。だが、首領就任演説において好史の語った言葉は、とりあえず、何としても記録されなければならない。
 「漬げられて、その上、煙でいぶされて、このイブリガッコ様はどれだげの艱難辛苦を耐え忍んで来だと思ってるが?これだげの辛い思いをしたガッコは他にはいねぇ。強大な敵のタッグルに耐えで耐えで、いつが勝利を勝ち取る、その精神を、イブリガッコは体現してるんだ。イブリガッコ様の精神こそ、我々の魂だ。」イブリガッコを捧げ持ち、好史は獅子吼する。筆者寡聞にして、世界漬物史上これだけのオマージュを捧げられたガッコの存在を知らない。声涙ともに下る名演説を期に、さしも紛争の絶えなかった三派連合も、ようやく結束の基礎が固まってきた。

 更に、附属派と高清水派が同盟を結び、「インターナショナル梅干派」が結成された。「なだ漬け、イブリガッコなどと、狭えアキダの中の田舎者ども。パリで修行した俺の梅干こそ、インターナショナルなもんだ」と清彦は豪語する。「梅干だって生きでるんだ。毎晩やさしくクラリネットを聞がせてやれば、梅はまっだりど、いい味を出してけるんだな。」しかし、フランス人は梅干を食うか?(ここで筆者の疑問を提出することを許して戴きたい。そもそも、通常「ガッコ」という概念に梅干は含まれているの否か。どうも少し違う気がするのだが、識者の判定を仰ぐ所以である。ガッコは雅香であるとの清彦の説明は納得されるが。そもそも焼酎に梅干は入るが、その他あらゆるガッコを焼酎の中にいれるような暴挙は、筆者これまで見たことがない。この一事をもってしても、梅干はガッコとは一線を画しているということは、明々白々だと思われる。)清彦は更に続ける「クラリネットの後は、やさしぐ、ジュテームって言ってやるんだ。これでいちころだべ。」満場に集った高清水派、附属派の面々は、「俺がたもフランスのおなごさ向かってそれやっで見でぇもんだ」といさかさか不純の気配が感じられるが、清彦の下に団結を誓った。ブラスバンドが景気を盛り上げたことは言うまでもない
 かくして横の会は、土崎派、イブリガッコ連合、インターナショナル梅干派の三派鼎立時代を迎え、大混乱のまま数年が経過することになる。抗争は激化した。人はこの時代を「横の会三国時代」と呼ぶ。犠牲者も出た。なだ漬け原理主義を実践していた縄田屋圭吾は、自慢にしていた太鼓腹の膨らみを減らし、げっそりとやせ細った姿に変身した。(しかし、これは犠牲だろうか。むしろ、ダイエット効果というべきではないかと、筆者は思う。)
 やがて人心は倦み疲れ、漸く平和を望む声が澎湃として上がってきた。
 「今を逃せば永遠に平和はこない。」思い定めたえり子は、これまで沈黙を守りつづけていた五城目派の巨星に、天下統一の願いを託した。手形山の中腹にある大邸宅で、講一と一緒に茄子ガッコを肴に飲んでいた進(唐突に米田進と吉野講一が登場してしまった)は、えり子の密書に接し、暫し黙考した後、重々しく口を開いた。(もともと口がやや重いのではあったが。)「ガッコはガッコ、そごさ何の貴賎、差別もねぇ。これが教育の根本にあらねばならね。この大事なごとを忘れだから、現在のこの国の教育の荒廃があるんだ。我に秘策あり。吉野ょ、ちょっとこごさ来て聞げ」。ああ、かつてその智謀は諸葛孔明を凌ぐと謳われた五城目の神童。今は日本教育界を統率する進の秘策とは?(筆者注。残念ながら、この秘策の内容については、全く不明である。学会でも大論争になっているが、もしこの内容が記された古文書が発見されれば、歴史の解明は一挙に進むであろう。読者各位よ、その家に伝わる伝承、伝説の類で手がかりがあれば、一報を願う。)
 「わがった、俺さまがへれ」と請け負った講一ではあったが、翌朝目覚めたときにはすっかり忘れてしまっていた。長年にわたる飲みすぎで記憶力の減退が著しい。(飲みすぎればだめだよ、大丈夫だべが)。本来イブリガッコ連合に属する彼が、なぜここに登場するのか。なにしろ沢庵ガッコは見るのも嫌で、「なして俺がイブリガッコ食わねばならね?んめがた、勝手にやってれ」と絶縁状を叩きつけ、五城目派の居候になっていたのだった。折角の進の秘策も、一切、全く、何の役にも立たずに歴史の闇の中に消え去った。
 いくら待っても動かない五城目派の動向にえり子が不安を募らせていた頃、ちょうど暇を持て余して「何が面白れごとして遊びましょ」と文子が訪ねて来た。「全ぐ、横の会おどこってばー、何してるんだが。」すぐにちょび、寛子、知子も召集されて密談の結果、平和回復の策が決せられた。ネットワーク術を駆使したちょびの玄妙な技によって、瞬時に全国の横の会女房族に指令が出た。摩訶不思議なのは、PCや携帯電話を持たない女房たちにも一瞬にその指令が伝わったことだったが、この秘密はちょびだけが知っている。げに恐ろしきは女房の怒り。彼女らの結束の前には、秋田の男はひとたまりもない。「まんず、あの時はおっがねがったものなぁ」今でもそのときの恐怖がありありと浮かぶのか、大内老人は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにする。
 数日にして、全ての争いは終息した。かつての敵対者たちは、あらゆる種類のガッコを持ち寄って、えり子の前に不戦を誓った後、大宴会を開催する。えり子は思う「やっと平和が戻ってきたのね。横の会は永遠よ。」
 この事件の教訓「天はガッコの上にガッコを作らず」「女房を怒らすな」